top of page

2026年4月26日東京言友会三田例会『吃音モデル研究会(ジョンソンの立方体モデルを使った当事者研究会)』活動報告文

  • 4月30日
  • 読了時間: 14分

 みなさま、


 おひさしぶりです。いんこです。


 今月から東京言友会の三田例会を隔月で担当することになりました。以前にも、このブログで、三田例会での活動報告をさせていただきましたが、三田例会の担当は、数年ぶりになります。

 

 今回の例会の内容は、当事者コミュニティでは定番のテーマの「ジョンソンの立方体モデル」を使ったモデル研究会(当事者研究会)でした。面白い話し合いができましたので、東京言友会の方々から許可を得て、活動ブログで詳細を報告させていただきます。


 以下、活動報告文です。


■4月24日 吃音モデル研究会(ジョンソンの立方体モデルを使った当事者研究会)活動報告文


 4月24日、「吃音モデル研究会」というテーマで例会を開催しました。

 最近、三田例会は参加人数が少なめだと聞いており、始まる前は「今日は人が来るかな」と受付のHさんと話していました。結果的に、当日は、9名の方が参加してくださり、担当者としてとてもうれしかったです。

 以下、当日の話し合いの報告文になります。

 

1.モデル研究会について

 モデル研究会は、東大誰でも当事者研究会の初代代表のべとりんさんが、提唱した当事者研究の方法です。(いんこは、この会の2代目の代表をしています)

 既存の学術モデルを使い、「モデルで説明できる経験」「モデルで説明できない経験」について話し合い、そのモデルをブラッシュアップしていく、という主旨の当事者研究会です。

 扱いとしては、勉強会の一種になります。

 モデル研究会の詳細については、リンクをご覧ください。

 

2.使用したモデルについて

 今回、使用したのは、W・ジョンソンの立方体モデルです。

 吃音を持つ人が抱える「悩みの大きさ」を、X軸、Y軸、Z軸からなる立方体の体積として表したモデルです。X軸は「言語症状の大きさ」、Y軸は「聞き手(周囲)の反応」、Z軸は「本人の吃音への態度」を表します。

 「かなりひどくどもっていても本人の中では大きな問題になっていないということがある一方で、配偶者にわからないほど見た目の症状が軽くても、本人の中ではものすごく大きな問題となっている」という「吃音の悩み」の特徴をよく説明するモデルと言われてきました。

 今日は、このモデルを使って、モデル研究会(当事者研究会)を行いました。

 

3.当日の進行

 当日は、

 

・①自己紹介(全員)

・②当事者研究についての説明(いんこ)

・③モデル研究会についての説明(いんこ)

・④ジョンソンの立方体モデルの説明(いんこ)

・⑤モデルについての感想共有(全員)

・⑥他の人の語りを聞いての気づきの共有(全員)

・⑦Tさんによるモデルの発表(Tさん)

・⑧全体感想共有(全員)

 

という流れで進行しました。

 

4.話し合いの結果

 写真のメモをもとにもとづいて、話し合いの中で出された意見を、内容から、①~④のカテゴリーに分類して、整理して作成しました。

 モデルについての話し合いでは、「回避」と「Y軸のコントロール性」について深堀された形になりました。

 

4-1.「モデルについての感想」で出された意見

 

①モデルの説明力について

・モデルを聞いて、「X軸、Y軸、Z軸の1個でも小さい部分があったら、吃音の悩みを小さくできる」と思い、「たしかにそうかもしれない」と感じたので、個人的にはこのモデルは、しっくりきました。

・いままで、吃音の悩みは、単純に、「X軸に依存する」ように思っていたので、このモデルは、自分にとって新たな気づきがあり、「確かに」と思いました。

・X軸とZ軸はしっくりくるなと思いました。Z軸は、「恥」とか、「自己否定感」を指していると解釈しました。Y軸は、「人からどう思われるかという不安」や、「笑われる」「いじめられる」ようなことを指していると思いますが、無限にありうるし、コントロールすることが難しいと思いました。

・おそらく、このモデルは、吃音以外の様々な障害について適応可能だと思いました。一方、治療可能な病気については、多分こうしたモデルは必要ないのではないかと思いました。そう考えると、「治らない」からこそ、このようにZ軸やY軸を問題とするような発想に基づいたモデルがうまれたのではないか、と思いました。

 

②モデルの定量性についての違和感

・3軸のうち、「2を1にする」と「5を4にする」のだと、前者だと半分に問題が減らせ、後者だと2割しか減らないということになる。それは、実態を反映しているようには思えないので、このモデルはおかしいのではないかと思いました。

・「負の軸がないことをどうかんがえればいいのか」、と思いました。

・「定量的に考えるモデル」というよりも、「概念モデル」として捉える必要があるのかなと思いました。

・数値的に検証可能なモデルとはちがうな、と思いました。

 

③「3軸以外にも、要素があるのではないか」という意見

・「そういわれるとそうかなぁ」と思うけど、「3つだけなのか、どうなのかなぁ」というようにも思いました。

・Y軸とZ軸は「要素としては、およそ、あっている」ような気がしました。でも、他にも「別の何かがある」かもしれないような気もした。ただ、それが「何なのか」は、わからないです。

・Z軸が「本人の吃音への態度」なので、「X軸についての態度」だと思うが、「Y軸への態度」ということも考えられるのではないか、と思いました。

・このモデルを使って、「Z軸を0にできる」「Z軸を0にすれば吃音の問題はなくなる」という意見を述べる人がいます。でも、仮に「当人が問題ない」と思っていたとしても、「周りの人が、その人の吃音を問題にする」ということは、ありうると思います。「吃音で言いたいことが伝えきれない」ことはあるし、「そのことで、周りが影響を受けること」も自分はあると思う。その意味で、そうした問題が、このモデルには反映されていないのではないか、と思いました。

・X軸は、表に出る症状じゃなくて、回避によって、変化するものだと思う。だから、このモデルには、「回避」の問題が、十分に含まれているように思われない気がしました。

 

(「回避」についての深堀りして出された意見)

・回避をつかうほどなやみがおおきくなる感覚があります。固有名詞は言いかえがきかず、予期不安が強くなります。

・回避については、一つの回避のやり方に馴れてくると、その「馴れ」によって、今までと同じようにそのやり方が使えなくなってしまう、ということが自分にはある。

・回避が半ば無意識化して「自分の話し方ってどうだったんだろう」みたいな風に悩んでしまうことが自分にはあります。たとえば、「内容のない言葉を言っているんじゃないか」と疑問に思うことがあります。もともとの吃音の性質は変わらないと思うのだけど、「言いかえ」などを含めた「回避」によって、別の問題が生じると言うことがある気がします。

・自分の場合は、「回避が無意識化される」と言う感覚はないです。回避をするときは、いつも「意識的に行っている」という感じがします。「回避しようと思えば、できる」という感覚があって、回避をすると、「また逃げてしまった」という自己否定的な感情が芽生えます。「逃げずに言えた」と言うのが肯定的な成功体験になる気がします。

・回避しても、「毎回、逃げて不安になる」とは個人的には思ってないです。

 

④軸の独立性・従属性に関する意見

・「軸は独立ではないのではないか」、と思いました。自分は、「X軸が大きいと、Z軸が大きくなる」、と思う。

・逆に、「X軸が重い人が、むしろ、隠すことができないので、かえって、Z軸が大きくならない」という場合もある。だから、「X軸からZ軸への従属性」は、線形とはいえないと思う。

・Y軸も、実は「本人が聞き手の反応をどうとらえているか」ということであり、その意味で実はY軸も、Z軸と同じで、「主観的な軸」であると思う。X軸についても、ある意味で「自分が自分の吃音をどれほど重いものと捉えているか」ということだから、主観的であるように思う。

 

⑤体積や軸の大きさを変えるためのアプローチ(対処)について出された意見

・CLAMSモデルのようにレーダーチャートのようなモデルとして考えると、1つの要素が0でも全体は0にならない。一方で、体積モデルとして提示すると、1つの要素が0だと全体が0になる。「体積」としてモデル化するのは、そのような意味があるのだと思う。

・このモデルを臨床に使おうとしたら、「Xを0にしてくれ」と相談者から言われてしまって、それ以外認めなくないという人がいた。それは、問題だと思ったので、このモデルは使えないと思った。

・Z軸は「当人の意識と思い」がかなり影響を及ぼすんじゃないか、と思いました。Z軸は、本人がコントロールできる気がする。心理的な部分ならコントロールできる気がする。

・自分の場合は、昔に比べたら、X軸の症状は出なくなった。でも、でないからこそ、でたときのリスクを考えて、問題が大きくなっている気がする。割り切って「気にしない」ことで、Z軸を0にすることが難しい。XYはほとんど0なのにZが大きすぎるという感覚がある。だから、どうやって、Z軸を減らしたらいいのか、知りたいと思う。

 

(Y軸のコントロール性について)

・Y軸はコントロールできない。自分は、今の世の中で、吃音が広く知られていないように思う。知られていないからこそ、聞き手の反応を気にしてしまう。だから、啓発が進めば、Y軸が減らせると思う。みんなが「吃音なんだね」と知ってくれれば、安心できる。Y軸が減ればZ軸も減るだろう。

・Y軸については、啓発しても、いじめる人は、いじめるし、笑う人は笑うだろうと思う。「啓発」によって、0になるとは考えにくいと思う。

・Y軸もコントロールができる可能性があるように自分は思う。それは、どういうことかというと、自己呈示によって、吃音を相対化させることができる。著名な人で、どもりながら話していても、話し方について問題としない、されない人がいる。本人が問題にせずに話して、周りも話す内容に注目していたら、吃音が問題にならない。「どもりながら内容のあることを話し、また、周りも、その人の話す内容に注意をして聞く」ような関係性が構築できれば、Y軸は、減らすことができる。

・「笑われたら、一緒にわらう」みたいな戦略的対処法で、Y軸を減らすこともできるかもしれない。

 

4-2.他の人の語りを聞いての気づき・全体感想共有で出された意見

・自分の感じ方と、他の人たちの感じ方が、それぞれ違うのが、今回のモデル研究会で、すごくわかった。このモデルについてのいろいろな人の「現状」がわかった気がした。

・「主観的な悩み」のモデルなので、客観的な要素のモデルをつくったら、また変わるように思った。主観的な立方体に対応する客観的な立方体があって相互作用しているような気がする。「2立方体モデル」みたいなの別なモデルが作れるかもしれない。

・吃音以外にもいろいろな悩みをみんなそれぞれ持っていて、そうした意味でも、この社会は、多くの人が「それぞれの立方体」を抱えながら生きていて、それで社会が成り立っているように思う。

・吃音があっても、「必要とされている強み」があれば会社はその人を採用する。ネガティブなところに目を向けていても、仕方がないし、会社は、「その人の強み」で成り立っている。「社会がどう成り立ってるか」を意識する視点をもつと、吃音は相対化され、問題にならなくなるように思う。

・聞き手が聞きたいと思うようなことをしゃべると、聞き手は内容に注目する。一方、本人が自分の吃音を気にしだして反応すると、聞き手も、その人の話し方に注目してしまう。そういう意味ではある程度、「内容を重視すること」で、Y軸も、コントロールできると言えるように思う。

・これだけいろんな論点が出てきて、あらためて、「吃音の問題は、複雑なのだな」と思った。

・症状がある程度軽い人にはこのモデルは有効な気もするが、重い人にも有効なのかはすこし疑問に思った。

 

4-3.Tさんのモデル発表

 後半に発表された、Tさんが考案したモデルは、「悩みの大きさを定量的に分析したい」という発想のもとに作られたモデルでした。当日は、二つの式が提示されました。

 

・F(吃音の頻度)∝Q(本人の素因)/Kw(話したい意欲)Kc(話せると言う自信)ーT(回避の技術)

・S(本人の悩み)∝Q(本人の素因)/Kw(話したい意欲)Kc(話せると言う自信)+T(回避の技術)

 

 Tさんのモデルは、S(本人の悩み)とF(吃音の頻度)のギャップを、T(回避)の進展として位置づけていることに特徴があるように思いました。また、「話す意欲」や「話せるという自信」ということを要素として重視していると言う点も特徴的なモデルだなと思いました。

 

5.主宰者の感想

 以下、今回主催した私の感想です。

 モデルの説明性については、「言語症状の重さと本人の悩みがダイレクトに一致するわけではない」という点では、共感するという声が一定聞かれたのが印象的でした。「吃音の問題は、単純に、見た目の言語症状の大きさではとらえきれない」という点に関しては、僕も、一人の当事者として共感できます。

 モデルの定量性については、このモデルは、概念モデルなので、定量的な評価につかうのは、ちょっと違うのかな、と思いました。

 軸の独立性・従属性についての議論は面白かったです。ジョンソンというと「診断起因説」のイメージが強いですが、むしろ、ジョンソンは、「意味論」の立場から吃音の問題を考察していたことが特徴的であると言えます。ジョンソンは、「相互行為のなかで意味が形成」され、また、「どのような意味が共有されているか、ということが、相互行為の内容を規定する」、という風に考えていました。だから、おそらく、ジョンソン自身も、軸を「独立なもの」とは考えていなかったと思われます。「軸と軸の関係性を考える」という視点で、このモデルを捉えなおすのは、面白い解釈だと思いました。特に、「Z軸が、Y軸を変化させる」という話が面白かったです。

 今回のモデル研究会では、「回避の問題をどう考えるのか」、また、「Y軸のコントロール性」について、とくに、話し合われました。

 回避については、伊藤さん達の当事者運動では、ジョンソンの立方体と、シーアンの氷山仮説を2大モデルとして紹介しています。立方体モデルでは扱われていない「回避」の問題について説明しているのが、シーアンの氷山モデルと言えるのではないか、と思います。原著を読むと、もともとのシーアンは、「回避をせずに、常にどもりながらでも話すこと」を重視し、随意吃を推奨しています(シーアンは、行動的な場面回避だけではなく、「言いかえ」も「回避」として捉えていたようです)。一方で、伊藤さん達は、「言いかえもサバイバルである」として、生活モデル的な対処として「言いかえ」を肯定的に捉えてきました。「回避をどのように考えるか」という点は、改めて重要な論点だと思いました。

 次の「Y軸のコントロール性」については、単純な社会啓発だけではなく、「自己呈示の仕方によって、Y軸が変わる」という意見が出されたのが個人的には、特に面白かったです。原著のシーアンは、随意吃を、「吃音症状を減らすための行動療法的な治療法」として捉えていました。しかし、この考え方では、随意吃は、「印象操作のための自己呈示」であり、かならずしもX軸の軽減を目指さない実践」と捉えることができます。

 その他、出された意見として印象的だったのは、「この社会は、一人ひとりが、それぞれの立方体を抱えながら生きている」という意見でした。これは、当事者研究が前提としている世界観と通じるような考え方だと思いました。「立方体を語り合う」ことは、べてるの家の「妄想を語り合う」ことに近い外在化の実践であるとも言えます。これはかなり、面白い指摘だと思いました。

 言葉の教室では、「自分の立方体を描いてみる」ように、「外在化」の一つのツールとして、このモデルが使われています。一方で、東大誰でも当事者研究会が提唱する『モデル研究会』では、「当事者としての経験を専門家が提唱するモデルと照らし合わせ」て、「モデルで説明される経験、モデルでは回収されない経験」を整理し、「モデルを、自分たちの経験に会うように、より、詳細なものにブラッシュアップしていく」ということが目指されます。

 「当事者としての経験をよく説明する」だけではなく、「モデルに回収されない経験も適度に語られうる」という点で、立方体モデルは、モデル研究会で使用するモデルとして、使い勝手のいいモデルだなぁと今回、おもいました。それは、「自分の立方体を描いてみる」という実践とは、やや実践的に異なりますが、「研究」志向の「外在化の実践」と言えると思います。

 時間があれば、KJ法などを使って、出された意見をもとに、「ブラッシュアップしたモデルをみんなで作る」というところまでやれたら、とも思いましたが、今回は、時間の制約上、「他の人の語りを聞いた上での気づきの共有」で終わりにしました。

 今回のTさんのように「自分が考える吃音のモデル」を発表し、それをもとに、みんなでモデル研究会を行う、というようなことも、できるかなとも思いました。

 また、本日でた意見として、「Z軸をどう減らしていいのか知りたい」というものがありました。伊藤さん達の当事者運動では、「X軸やY軸を減らすことは難しいが、Z軸は、減らせることはできる」として、「Z軸へのアプローチ」を重視してきました。今後の三田例会で、「Z軸へのアプローチ」につながる内容も、出来たらと思っています。



  (ホワイトボードは、もっと上手に使えるようになりたいものです)



 以上です。いろいろな意見が出されて、面白い当事者研究会でした。参加してくださった皆様、ありがとうございました。

 
 
 

コメント


Featured Posts
bottom of page