2026年8月28日東京言友会三田例会『講談を体験してみよう!』活動報告文
8月28日、東京言友会の三田例会を担当しました。
1.例会の趣旨
今回は、「講談を体験しよう!~吃音と講談について考える~」というテーマで開催しました。
(事前告知文の内容)
数年前から講談はちょっとしたブームになっています。六代目神田伯山さんが人気の中心にいるようですが、なんと、先代の五代目神田伯山さんは、吃音を持っていました。吃音との付き合い方を通じて「間の取り方」を探究した結果、それが独自の話芸にまで昇華され、伯山という大名跡を継ぐにまで至ったのです。
また、東京言友会は、もともと、田辺一鶴さんの『講談教室』から始まりました。かなり重い吃音を持っていた田辺一鶴さんは、はじめは吃音を治すことを目的に講談を始めたが、次第に、「吃音を治すこと」よりも「講談そのものの面白さ」にとりつかれていきました。講談を通じて自分が話しやすいリズムのようなものもつかんでいったそうですが、吃音は完全には治らず、真打の昇進が遅れる、お客さんからクレームを言われる、吃音のために言葉が出ずにせっかくつかんだテレビの仕事も干される、など様々な苦労もしたそうです。それでも、どもりながら、高座に立ち続け、『東京オリンピック噺』などで売れるようになっていきました。
そんなわけで、吃音と講談には、少なからぬ「縁」があります。しかし、講談は、演劇などに比べると、どうしても、とっつきにくく、古臭いようです。講談は、昔の言友会の会活動の中心でしたが、最近の例会では、あまりなされなくなりました。
そこで、今回の例会は、文化活動としての「講談」をみんなで体験し、その上で「吃音と照らし合わせて考える」という趣旨の例会として企画しました。
「吃音を治す」という目的で参加をしてもよいのですが、「治す」こととか「改善する」ことはいったん脇において、文化活動としての講談を楽しんだり、講談を通じて「声についての教養」を高めたり、「吃音を持った上で、声について取り組み、豊かに表現をすること」について、みんなで考えたり話しあったりする、そんなことができたらと思います。
2.当日の進行
いつものように、はじめに参加者全員の自己紹介(と近況報告)をして、例会の趣旨を説明し、記録や情報の取り扱いについての確認をしました。その後、まず、田辺一鶴さんについての資料を鑑賞し、感想を共有しました。休憩をはさみ、神田派が最初に習う演目である『鉢の木』の修羅場読みの冒頭部分を、みんなで体験をし、感想を共有しました。その後、いんこが2年前に習得した講談の『吃の又平』を上演し、その内容についてみんなで話し合いを行いました。最後に、例会全体の感想を共有しました。
5代目神田伯山さんについての資料(桂米朝師匠の証言や、生前の高座音源)や、昔東京言友会で行われていた岡本章さんの講談の音源など、その他にもいくつかの資料も用意していたのですが、時間の都合上、今回は紹介できませんでした。準備の段階で、内容をすこし詰め込み過ぎてしまったかもしれません。最後の『吃の又平』についての話し合いだけでも相当にもりあがったので、「『吃の又平』を聞いてみんなで話し合う」だけでも、例会としては十分濃い内容になれたような気もしました。とはいえ、当日に内容を取捨選択しながらも、4月、5月、7月の三田例会の時に比べると、よいタイムスケジュール感で例会を運営出来た気がします。まだ今年度は、三田例会をしばらく担当する予定なので、引き続き、タイムコントロールについて、もうちょっとうまくなれたらな、と思いました。
(当日の流れ)
・自己紹介(3-1)
・例会の趣旨の説明
・記録や情報の取り扱いについての確認
・田辺一鶴さんに関する資料を鑑賞(文章と映像)
・田辺一鶴さんの生き方についての話し合い(3-2)
(休憩)
・講談『鉢の木』をみんなで読んでみる
・講談を体験してみての話し合い(3-3)
・いんこによる講談『吃の又平』の上演(15分ほど)
・『吃の又平』の内容を踏まえた話し合い(3-4)
・全体の感想共有(3-5)
田辺一鶴さんに関する資料としては、5月の三田例会でも取り上げた『吃音者宣言』に収録されている『講談に賭けた人生』の一部を読みました。それから、YouTubeにアップされていた「【講談かわら版】 一鶴がいた ~田辺一鶴十七回忌追善興行~」の一部をみんなで視聴しました。
『鉢の木』は、やはりYouTubeにアップされていた神田紅さんによる解説動画「神田紅 講談やってみまショー「鉢の木よりいざ鎌倉」」を用意していましたが、音が聞き取れなかったため、いんこが口頭で内容を解説しました。
講談『吃の又平』は、国会図書館で入手した『定本講談名作全集』第1巻(寶井馬琴等監修、1971年、講談社)に収録されている初代神田山陽による口演台本をもとに、いんこが一部のエピソードを省略してリライトした台本を上演しました。歌舞伎の『吃の又平』とは内容の異なる台本です。
3.当日の話し合い
例会の話し合いの内容について、発言者が誰か特定できない形で、東大スタタリングのHPに記事をアップすることについて、会の最初と最後に、当日、参加者全員からの了解を得ました。
以下に、いんこによる記録をもとに、当日、話し合われた内容の一部をご紹介します。(佐藤隆治さんについては、本人の希望もあり、実名で掲載します。また、当日に話された内容に加えて、記事を作成する際、発言者によって内容を一部加筆・修正している箇所が存在します。)
3-1.自己紹介について
当日は、途中退出したCさん・途中参加したGさん、Iさん、受付のHさん、担当のいんこも含め、11人が例会に参加しました。
4月、5月、7月と今年度の三田例会を担当してきましたが、参加者が二桁になったのは、今回が初めてだったので、担当者としてはうれしかったです。特に、佐藤隆治さん、Dさん、Iさんの3人は、5月の三田例会から、Cさん、Gさんの2人は、4月の三田例会から継続的に参加をしてもらっています。「リピーターがつく」というのは、担当者としてはうれしいもので、また、久しぶりに東京言友会にきたFさんからも、「いんこさんが担当だったので来ました」と言ってもらい、うれしかったです(設営のお手伝いありがとうございました!)
Eさんは、約25年ぶりの東京言友会に参加ということでした。休み時間に、昔の東京言友会の人たちの話などが聞けて、楽しかったです。
今回は、初参加の人が二人(Aさん、Bさん)いました。普段は京都にお住まいで仕事で東京に来たAさんは、吃音の当事者会に参加することそのものが今回初めてとのことでした。Bさんも、吃音の当事者会に参加されるのは今回が初めてとのことでした。Bさんは、長い間、吃音という言葉を知らなかったそうですが、就職活動をする中で、自分の症状について調べるうちに、自分が吃音の当事者であると知るようになったそうです。
一方で、今回、参加をした方の中で「講談の例会だから参加した」という方は特にいませんでした。僕自身の初参加の時を振り返ってみてもそうですが、「吃音の人と会いたい」「吃音の会に行きたい」「吃音について話したい」ということの方が、初参加の人にとっては大きいことで、その時の例会のメニュー自体を目的に来る人は案外少ないのかもしれないな、と思いました。だとすれば、例会担当者としては、「吃音について(初参加の人でも)話し合うことができる題材」のようなものを用意してくることが重要なのかもしれません。4月のジョンソンの立方体モデル、5月の吃音を持つ著名人たちの体験談、そして、今回の『吃の又平』のように、「吃音について話し合うきっかけ」となる題材のようなものを用意することを意識して、例会をデザインしていくことをこれから心がけてみようと思いました。
自己紹介の時間は、ちょっとした異業種交流会みたいで面白かったです。
3-2.田辺一鶴さんの生き方についての話し合い
5月の三田例会でも使用した田辺一鶴さんの体験談『講談に賭けた人生』と、それから、YouTubeに上がっていた周囲の人からの証言を鑑賞し、そのあと、田辺一鶴さんの生き方について参加者で話し合いを行いました。
私は自分の体験から、吃音者にどもってでもやりたいと思うことは、どんどん実行したらいいと言いたいのです。どもって恥をかくのがいやさに行動できない人がいますが、本当はどもるのが恥ではなくて、行動できないことの方が恥ずかしいことなのです。勇気がいることかもしれませんが、頑張らなければなりません。何の苦労も障害もなく、順調にことが進む人は勇気をそれほど必要としません。安定した自分の立場を守ることでこと足りるのです。しかし、私達はどもるという、ある意味ではハンディを持っている者は、守ろうにも安定したものがないのです。守るのでなく、攻めていくしかないのです。
(田辺一鶴『講談に賭けた人生』)
以下、当日の話し合いの内容を、記録やメモをもとに再現してみます。
■田辺一鶴さんの生き方についての話し合い
いんこ みなさんは、田辺一鶴さんの生き方についてどう思いましたか?
Dさん 「自分に嘘をつかない」っていうか。吃音があるということを必ずしも「受け入れ」なくてもいいけど、「吃音がある」という現実があった上で、「自分の人生の本当の優先順位は何なのか」ということを、田辺さんは決めることができたのかな、と思いました。そういう一生はかっこいいと思いました。
いんこ ある意味で流されてないですよね。普通だったらあきらめちゃいますよね。
Dさん 「受容」という言葉が当てはまるかわからないけど、吃音があった上で自分が何に熱中できるのか、みたいなのをさぐりあてられた人、という印象を受けました。
いんこ それをやっていると楽しくて仕方がなくて、人生をかけられるほど熱中できるものとめぐりあって、それを続ける人生を貫いた、というのは、素敵なことですよね。
佐藤隆治 勇ましく向かっていくような感じもあるよね。
いんこ 文章にもありましたけど、「攻めの姿勢」で生きていこう、っていう、そこも素敵なところですよね。
Aさん 今、コールセンターで働いていて、自分には少し厳しいなと思いながらやっています。小さい頃には吃音でいじめられていたこともあるのですが、田辺一鶴さんみたいに話す仕事について、恥ずかしいからといってやりたいことをあきらめないという生き方に共感しました。
Bさん ハンディのあるものは、人生を「攻めていく」しかないという考え方は、僕もそういう風に考えている方です。ただ、吃音っていわゆる「障害」っていうくくりになると思うんですが、一方で、たまにものすごくスムーズに話せることもあるから、完全には「あきらめきれない」というようなところがあると思うんです。「右手がない」とかとはちょっと違う。いつでも同じような状態が続くというよりも「たまに、しんどくなる」というか。そういう時に、みなさんはどうして対処したり、捉えているのか、お聞きしたいです。人生って長いんで、ずっと「攻めていく」というわけにはいかないじゃないですか。
■「落ち込んだ時」の対処法についての話し合い
いんこ なるほど。いつでもどこでもエネルギッシュであり続けることって難しいですよね。せっかくだからそういうテーマで話してみますか。ひどくどもったり、言葉が出なかったりして落ち込んだ時、それぞれ、どう捉え、対処しているか。
佐藤隆治 声がなかなか出ないときは、声が出ないなりに言いたいことを言う、とか。調子のいい時もあるけど、でも、「どもりがある」のが我々なので、そういうメタ認知的なところが大事だと思う。
いんこ 症状が重くなったり軽くなったり、出たりでなかったりすることに、一喜一憂しない、みたいな感じですかね。
他の方は、落ち込んだ時、どうしてますか?
Dさん 「波」ってあるじゃないですか。謎の波が。「専門家が早く解明しろよ」と思うんですけど。自分なりに予後のいい自己肯定感のあげ方を見つけるということが、一つあるのかなと思います。僕らは普通の人よりもそういうことを考えておかないと、波があるときにメンタルに来ると思うので。自分に嘘をつかない自己肯定感のあげ方を見つけるのが一番大事かな、と僕自身は思ってます。
いんこ Dさんは、落ち込んだ時、どういうふうに自己肯定感をあげていますか?
Dさん 小さなタスクをクリアしていく。タスクに落とし込んでやっていくことで、自己肯定感をあげていってますね。考えて自己肯定感をあげるのは難しくて。考えてしまうと心が逆にやられるから、なるべく考えないで、機械的な動作で自己肯定感をあげていく感じです。
いんこ 目の前の一個一個を片付けていくということですね。それ、いいですね。僕、結構、仕事が溜まって、それだけで鬱っぽい気持ちになることがあります。一つ一つやらなければいけないことを片づけていくだけで、結構気分が晴れていったりしますよね。
ほかの方、落ち込んだとき、「自分はこんな風に気持ちを立て直している」みたいなことはありますか?
Fさん 自分も技術系の仕事なんですけど、落ち込んだときは、「自分は何もできないんじゃないか」と考えてしまうことが多いんですけど、「これも自分はできる」みたいなことを確認することで、自己肯定感をあげてます。
いんこ 自分ができるプラスのところに目を向けるみたいな感じですかね。なるほど。
Fさん それがないときだと、コミュニケーションがベースで評価されちゃうことが多いので、落ち込むことが多いです。だけど、「自分はこういう強みがある」みたいなのが積みあがっていくと、前向きになれます。
Dさん コミュニケーションの良しあしで自己肯定感を左右させないというのは、僕もやってますね。
いんこ 「色々な文脈を持っている」というのは、大事そうですね。
3-3.講談を体験してみての話し合いで出された意見
YouTubeに上がっていた神田紅さんの解説動画を参考に、いんこが、講談『鉢の木』の修羅場読みについての解説を行いました。それをもとに、みんなで『鉢の木』の一部を読んでみました。そのあと、講談をやってみての感想を話し合いました。

(当日使用したいんこのスライド・講談『鉢の木』の台本)
黒字部分が「メリ」で、赤太字の部分が「ハリ」、青太字の部分が「謡い」。「ハリ」は、ドレミのミ(「ハリ」)の音からラの音まで音程を張り上げてよむ。スラッシュは、張扇を打つ箇所。このテキストでは、「ハリ」の部分は、すべて「ツッコミ」(音を強く言う)でもある。修羅場読みの基本は、この「メリ」「ハリ」「ツッコミ」「謡い」の4つ。
以下、当日の話し合いの内容を、前の節と同様に、記録やメモをもとに再現してみます。
■文化活動としての講談の内容について
いんこ 講談をやってみて、みなさん、どう思いましたか?
Hさん 漢字が読みづらいです。
いんこ 読み方を()に書くのではなくて、ルビみたいに、漢字の横にふったほうが読みやすかったかもしれませんね。
佐藤隆治 これね、台本に出てくる俵藤太秀郷とか、昔聞いたような名前が出てくるのがね、面白いなと思った。
いんこ 俵藤太秀郷って、僕はこの台本以外で知らない人なのですが、隆治さんは、聞いたことがありましたか?
佐藤隆治 落語に出てくるんだよ。琵琶湖の方で。瀬田の唐橋って琵琶湖でしょ?そこに大ムカデがいて、それを退治したのが、俵藤太秀郷というんだけど、そういう言い伝えがあるんだけど、そういうのを重ねながら上手にセリフを作っているよね。
いんこ そうなんですね!へー、それは知りませんでした!
佐藤隆治 『鉢の木』の話は、確か、自分が大切にしている植木鉢を、たしか、寒さに震え飢えている将軍様か何かが来た時に…
いんこ そうです、そうです。よくご存じですね。
佐藤隆治 小学生の教科書に、載っていたか載ってなかったかは知らないけど。
いんこ 小学校の教科書に載ってましたか。僕の世代は、たぶん、載ってなかったです。
佐藤隆治 それと「いざ、鎌倉」がつながってるの?
いんこ そうなんです。それが前段なんです。最初、時の執権の北条時頼が、自分がどれくらい全国の御家人たちから慕われているのだろうというのを気にしだして、民情視察に行くんですね。全国行脚をして田舎に泊まったんです。栃木県に泊まった時に、この話の主人公の佐野源左衛門という人のうちに泊まって、そこで、さっきの隆治さんのいう『鉢の木』のようなことをして、時頼はとても感動するんですね。貧しいのに、わざわざ、自分の大切にしている植木鉢を火にくべてくれたという。
で、そのあと、後半で、北条時頼が、自分がどれくらい全国の御家人から慕われているのかを改めて知りたくて、デマを流すんです。「鎌倉の危機だぞ」と。そういったときに、だれが駆けつけてくれるのかを知りたい、という、ちょっと現代からすると、承認欲求のためにわざわざ嘘の投稿をSNSに流すみたいな、「それってどうなの?」みたいな話ですが、それで一番乗りに駆け付けたのが、佐野源左衛門だった。だから、源左衛門は立派な忠義者だ、とほめたたえるのが、この『鉢の木』という講談なんです。
真面目な御家人がいることをほめたたえる。それが「いざ、鎌倉」のもとのお話なんです。
佐藤隆治 ちょっと前に、いんこさん、Fさんと、一緒に鎌倉に遊びに行ったって言ってたよね。鎌倉に行ったらね、レストランで『鉢の木』っていうレストランがあるんですよ。
いんこ あ、そうなんですね。それは知らなかったです。ほかに、講談をやってみて「こんなことを思った」という人はいますか?
Bさん 落語と講談ってどうちがうんですか?
いんこ 内容で言うと、落語は笑い話が基本ですが、講談は、さっき言ったみたいに、立派な人をほめたたえる話が基本です。源左衛門みたいな人を題材にして「こんなすごい人がいたんだぞ!」っていうのを伝えるのが、講談の話としては多いんですね。落語は笑い話なので、どちらかというと世間的にはダメな人が出てきますが、講談には立派な人が出てきます。
あと、落語は完全にフィクションですけど、講談は、ラジオとかテレビとか週刊誌のなかった時代の、ジャーナリズム的な役割があったと思います。「江戸ではこんなことが起こっているぞ!こんな人がいるぞ!」みたいな感じで、実在の人を、盛って話す。盛っているからフィクションなんですけれども、ジャーナリズムっぽい側面があります。
それから、落語は、会話がメインですが、講談は、字の文の方がメインです。あと、講談は「読み物」なので、カンニングができるんですね。落語は覚えないといけないけど、講談は、台本を読みながら演っていいんです。
それから、リズムや節まわしですね。講談には、今お教えしたような、メリとかハリや謡いみたいな、リズム、話し方の「型」があるんです。ある種、その「型」を覚えてしまえば、あとは、力を入れて大声で言えば、それなりに形になるんですね。落語にはそういうのがありません。あと、落語の場合「力を入れる」というよりも、どちらかというと「力を抜く」のが話芸として大事だったりするかなと思います。講談は、リズムさえつかめればあとは大きな声を張り上げればそれなりの形になるように僕は思います。その意味で、僕は、講談よりも落語の方が難しい話芸だと思います。
そういうような違いはありますが、もともとの起源は、戦国大名の御伽衆という、大名に面白い話を聞かせる芸人といいますか、曾呂利新左衛門とか、そういうところから出ているので、落語と講談には共通性もあると考えられています。もっとさかのぼると、仏教の説話とかが起源になるのでしょうか。
ほかに、やってみての感想などある方はいませんか?
■講談の「気持ちよさ」と吃音について
Dさん やってみて、気持ちいいですね。大きな声を出しますし。
いんこ なるほど。気持ちいい、ですか。いいですね。声を出すことそのものの気持ちよさを体験できるという感じですかね。
たぶん、七五調に通じるような、日本語として口ずさみやすいようなリズム、そういうのも講談にはあるのかもしれませんね。
Dさん 小学生の頃の国語の授業を思い出しました。自分ひとりでやると読めないけど、みんなで言うと言えるみたいな。
いんこ なるほど。国語教育っぽかったですか。
もともと、吃音矯正は、近代期、国家主義の中で進行しました。体操教育と同様に、音読教育というのも、もともとは、「国家が指定する『正しい体の使い方』を国民に規範的に内面化させる」という、強い軍隊を作るための、富国強兵政策、軍国主義的な目的を持つ教育として始まりました。「講談の独特の読み方を体得する」というのも、ある種、身体的な規範を取り入れる実践です。「講談の読み方」は、現代社会においてマジョリティではありませんが、僕がみなさんに「講談の読み方を教える」という行為も、やはり、「正しい話し方を教える」という行為に違いはなくて、そこに潜むグロテスクさのようなものは、みなさんを「指導」する例会担当者の立場から、僕は感じます。でも、「気持ちいい」という実感は、当事者として大事なことですよね。
ある一定のリズムで、音の高低を繊細に使い分けで読んでいく、というのが、修羅場読みの基本なんですよね。「メリ」と「ハリ」というのですが。神田派はこの演目を一番最初に習って、講談のリズム、大げさに言えば講談調という音楽を、体に覚えさせていくのです。
僕の体験を語りますと、師匠の「話し方」を模倣していくうちに、「この音階だ」みたいに、なんとなく同じような声の出し方ができたと思えた時には、やっぱりうれしかったですね。明らかにそれまで出したことのない声の出し方を見つける、自分にはこんな声も出せるんだみたいなことに気づく、僕にとって講談の習得は、そういう時間だったような気がします。自分の出すことのできる声の幅を探り、その幅を広げていくような、講談教室は、そういう「模倣」と「習得」の場であったと言えるように思います。楽譜を見ないで新しい歌のメロディーを覚えて口ずさめるようになるような感じですが、日常的に慣れ親しんでいる西洋音階の歌とも普通の現代の日本語発話とも違うリズムや音程を持った声の出し方なので、「歌を覚える」よりも、より言葉と結びつく音の在り方そのものに、意識的になる作業だった気がします。
それから、リズムだけではなくて、「腹を鍛える」ためにも『鉢の木』は重要な教材として言われています。つまり、横隔膜をつかって大きな声を出すということです。講談教室に半年ずつ、2期、通った僕としては、『鉢の木』の練習は、何度かやっていくと、それだけで、大きな声が出るようになる練習でした。
つまり、僕にとって、講談教室とは、「模倣」と「体得」によって、独特のリズムや音程のある音楽的な話し方や、横隔膜を使った大きな声を習得する、そういう場であったと言えると思います。
これは、伊沢修二をはじめとする吃音矯正所で行われてきた言語訓練の内容と、かなり重なるものを含んでいるように思います。一人の吃音当事者としての僕は、吃音を治そうとする言語訓練やそれを推奨する専門家の人たちのことも、自分の身体を否定されているようで大嫌いなのですが、しかし、講談は、かならずしも、僕にとって、嫌なものではありませんでした。むしろ、Dさんと同様、僕にとっても、「やってみて、気持ちいいもの」だった気がします。隆治さんがいっていたように、内容も、文化活動として面白いものでした。ただ、これを「吃音を治すため」として行うのは、ちょっと違うな、という感じはありますね。
師匠から教わった読み方を、一人で何度も何度も練習して、覚えて、自分のものにしていく。たぶん、神田派に入門したての見習いや前座の人は、最初そういう感じでやっていくのだと思います。だから、今日一日で、この『鉢の木』の修羅場読みをマスターするっていうのはなかなかできないと思います。でも、せっかくだから、最後にみんなで通してやってみますか。
(みんなで通して読む)
いんこ あらためていかがでしたか?
佐藤隆治 「講談でどもりを治そう」っていうけどさ、ただのディストラクション効果でしかなくて、治せるとか、そういうことじゃないよね。
いんこ 田辺一鶴さんは、言葉が出ないときに、張扇を強く打って、調子を整えようとしていましたよね。これは、ディストラクション効果(注意転換法)っぽいなと思います。田中角栄さんが、扇子をパタパタさせるのも、同じようなことだと思いますが。
佐藤隆治 節があるからな、1回、2回では自分のモノにはならないけど、どもりにくいよね。まぁ、でも日常会話でこの話し方ができるかっていったら「そら、あほか」って思われるよな。
いんこ 「歌では吃音が消える」のは、多くの吃音をもつ人たちに共通する条件ですが、ある種、「普通の会話」と「西洋音楽的な歌」の中間的な感じの「歌」によって、吃音の症状が出にくくなる。ディストラクション効果だけではなく、そういう側面も講談にはあると思います。
講談は、詩吟ほどではないですが、普通の会話よりも、言葉を発するとき、音程をかなり繊細にコントロールしますよね。こういう営みを通して、吃音を持つ人が「吃音を治せるんじゃないか」とか「吃音をどうこうできるのではないか」という思いを抱くようになる気持ちは、とてもわかるような気がします。
一方で、隆治さんが言う通り、それは本質的に吃音が治るとかそういうわけではなくて、日常生活で使えるわけではない、というのは、その通りだと思います。僕としては、「吃音を治す」というよりも、「文化活動としての講談を楽しむ」だとか、「声の表現を豊かにする取り組み」の一つとして、吃音を持つ人が講談をやることは、悪くないのかなと思います。ただ、その内容は、部分的に、言語訓練と重なりうるものも確かに含まれていて、そこは抜き差しならなさを覚えます。
ほかに、講談をやってみて、あらためて、みなさん、どう思いましたか?
Dさん 体をうごかしてしゃべれるから、ストレッチじゃないけど、治す治さないに関係なく、これをたまに練習してたら精神健康上ちょっといいかなみたいなのはあるかな、と思いました。
いんこ 「腹を鍛える」って言いましたけど、大きな声がだんだん出るようになっていくのは、それ自体、気持ちよくもあり、健康的な感じもあって、楽しさにもつながるところはありますよね。
ただ、講談教室は、どちらかというと、僕にとってはカルチャースクールとしては退屈な方でした。毎回2時間、ひたすら音読をするだけの時間で、演劇みたいな面白いコミュニケーションゲームとかもありませんでしたので。
佐藤隆治 まあ、でも、中身とかね、わりと面白いと思うし、人前で発表してみんなに聞いてもらうっていうのはええことやと思うね。
いんこ たしかに、そうですね。「発表する」っていうのも、講談という文化活動の大きな側面ですよね。
3-4.『吃の又平』についての話し合いで出された意見
次に、いんこが、講談『吃の又平』を上演し、その感想をみんなで話し合いました。講談『吃の又平』は、いんこが2024年11月30日に、北とぴあで開催された講談教室の発表会で上演した演目です。吃音の当事者会で上演するのは今回が初めてでした。
以下、当日の話し合いの内容を、これまでと同様に、記録やメモをもとに再現してみます。
■又平について
いんこ 講談の『吃の又平』は、戦前に、初代神田山陽が得意としていた演目なのですが、今はやる人がほとんどいなくなりました。最近、神田伊織さんという方が、掘り起こして、持ちネタにしているみたいです。
『吃の又平』というと、講談よりも歌舞伎の方が有名です。ただ、今日上演する『吃の又平』は、歌舞伎の『吃の又平』とは、少しストーリーが違います。歌舞伎と講談のどちらの方が先にできたのかはよくわかっていません。
先に言っておきますが、あんまりいい話じゃないです。言ってみれば、「ひどい話」です。「昔、江戸時代には、吃音は、こんなふうに見られていたんだな」みたいなことのわかる、歴史的な資料としてお聞きください。
(いんこによる講談『吃の又平』上演音声・限定公開)
いんこ いかがでしたか?「吃音が治ってしまう」という話なのですが。
佐藤隆治 まぁ、作り話やな。
いんこ 歌舞伎の『吃の又平』だと、「治る」という風には描かれていないんですよね。歌舞伎の方は、近松門左衛門が作ったので、成立年もだいたいわかっているのですが、講談の方は、成立年が不明なのです。だから、どちらが先にできたのかはわかりませんが、僕は、内容から、講談の方がおそらく先に作られたのではないかと考えています。
Bさん まず、ぜんぜん、いんこさんが、つまらず、読まれていたので、それがすごいなと思いました。
いんこ 僕は、演じるときは、あまりどもらないんです。残念ながら。
佐藤隆治 節回しもあるからな。
Bさん 話の内容としては、リアルな話だなと思いました。
いんこ 先ほど、講談は、実際の人物をモデルとしているものが多いと言いましたが、この話に関して言えば、フィクションの要素が強いという感じがしますよね。
先ほど、歌舞伎の話をしましたが、江戸時代は、この『吃の又平』というキャラクターが、かなり人気を博すんですね。当時、かなり有名なキャラクターだったようで、二次創作がたくさんつくられています。
江戸時代、蜀山人が又平についての川柳を詠んでいます。幕末には、浮世又平をもじって「不器用又平」というペンネームで活躍した浮世絵師もいました。それから、高校の日本史の教科書にほぼ必ず掲載されているペリー来航を風刺した絵画資料があるのですが、これも、又平を下地として描かれたものです。

(歌舞伎役者を大津絵の画題に見立てた錦絵。刊行がペリー来航と重なったため、画中の人物を幕府関係者に なぞらえていると評判になり、大変に売れた。あまりの 評判に奉行所は販売の中止と版木の没収を命じた。 幕末の江戸の情報を集めた『藤岡屋日記』では、画中 の浮世又平は水戸の徳川斉昭、福禄寿は13代将軍家定、 鷹匠の若衆は一橋慶喜としている)
近代期にも、又平を題材にした本というのがたくさん作られています。有島武郎は『ドモ又の死』という小説を出しています。大津地方を中心に伝わる江州音頭という踊りにも、又平を題材にした踊りがあります。おもしろいところでは、最近命名されたものですが、水星のクレーターで、浮世絵師の名前から由来して名づけられているものがありまして、ホクサイやシャラクなどといっしょに、マタベイという名づけられたクレーターが存在しています。
そんな風に、おそらく、1950年代頃まで、『吃の又平』というのは、一般にかなり広く知られていたキャラクターだったようなんですね。1960年代くらいから、又平は、あまり知られなくなっていったみたいです。おそらく、差別語の禁止運動の影響ではないか、と僕は思っています。
実際の又平という絵師が実在したのかどうかについては、明治時代に、ある研究者の方が調べたそうなのですが、どうも複数の伝説が入り混じって訳が分からなくなった、と考察されています。
又平は、さきほどの講談では、大津絵をはじめた人として紹介されましたが、大津絵は浮世絵のもとではないか、という話もありまして、浮世絵師の元祖を又平だという人もいます。そのため、「浮世又平」という名前でも又平は登場するのですね。荒木村重の息子が、この浮世又平のモデルではないかといわれていまして、川越の喜多院には、実在の又平の描いたとされる絵が所蔵されています。ただ、又平に関する話のうち、どこまでが、実在の荒木村重の息子の話をもとにしているのか、どこからがフィクションなのか、などについては、あまりよくわかっていないみたいです。
■江戸時代の吃音の演技論について
佐藤隆治 講談でも、又平がしゃべるときは、どもりながら演じるの?
いんこ 江戸時代に、「どもる役をどう演じるか」という演技論が既に存在していたようです。「又平をどう演じるか」ということで、有名なのが、「引き吃」と「突き吃」の演技論があります。
佐藤隆治 連発と難発ということ?
いんこ まぁ、それに近いんですけど、突き吃は、たしかに連発っぽいんですが、引き吃というのは、「ひっひっひっひ」みたいに、息を吸いながらどもる、みたいに指導されています。ちょっとまた、難発とはイメージが違うかもしれません。
落語家の桂米朝さんは、『吃る噺3題』という小噺を1970年代の高座にかけているんですが、米朝さんは、引き吃っぽい演じ方でどもる人の役を演じていました。でも、引き吃というのは、なんていうかな、僕個人の感想になりますが、当事者としては、見ていてあんまり心地よくないというか、嫌な演じ方という感じがしますね。
佐藤隆治 連発ならまだいいよね。まぁでも、お客さんの前で、堂々と、高座でお客さんの前で、どもるのをやるんだね。
いんこ ちなみに、又平のエピソードを下地にした滋賀県に伝わる『江州音頭』という踊りがあるのですが、この『江州音頭』では、又平は、「生まれついての引き吃で」と歌われています。
■「どもり」という言葉について
Iさん 江戸時代に、こういう吃音をテーマにした話があるというのが、まず、びっくりしました。
いんこ そうですよね。それがまず、びっくりですよね。かなり有名だったみたいです。先ほども言いましたが、戦前までは、どもりといえば、又平というくらいの人気だったみたいです。
吃音とかどもりという言葉が死語になったのは、おそらく現代なんです。「吃音っていう言葉を知らなかった」とか「どもりってはじめてきいた」みたいな人が増えたのは、おそらく、差別的な表現として規制されるようになった現在になってからなのではないか、と思われます。それまでは、おそらく、だいたいの人は、「どもり」という言葉を、みんな知っていたのです。
Bさん 最近になって、吃音をテーマにしたドラマとか小説とかあるじゃないですか。それは、最近の傾向なんですかね。
いんこ 今、ちょうど、『リーガルビート』のドラマが放送されていますよね。
佐藤隆治 今のドラマだと、さっきの講談みたいに「このどもり野郎!」みたいに差別的に描かれることってないよね。こんな風に「どもり!」ってストレートに、オープンに語られるのはかえってすがすがしいようにも思うね。
いんこ 日本の当事者運動を牽引してきた伊藤伸二さんは、「『どもり』という言葉を死語にしないでほしい」という主張をしてきたんですよね。これは、当事者運動としては結構異質な主張だったのではないかと思います。「どもり」という言葉を知らない人が増えてしまう。「きつおん」という言葉じゃ、一般の人にはわからない。だから、「どもり」という言葉をなくさないでほしい。伊藤さんは、そういう主張をしてきたんです。他の視覚障害だと、たとえば「『めくら』という言葉は禁止してほしい」というような主張をされるのが普通だと思うんですけど、伊藤さんは、そういう方針は取らなかったんですね。
根拠の一つは、まず、「必ずしも『どもり』という言葉は差別語ではない」ということを伊藤さんは言ってきました。視覚障害の専門の教科書で「めくらの相談」などというタイトルはあり得ない。しかし、吃音に関しては、専門書で「どもりの相談」というタイトルが普通に存在してきた。差別的なニュアンスをもって使われることもあるが、必ずしも差別語として使われていたではなく、古くから使われていた言葉だった。だから、「どもり」という言葉を残してほしい。そういう主張をされてきたんですね。
逆に、伊藤さんは、「吃音症」という言い方について異議を申し立ててきました。「症」としてしまうと、それは、医学モデル的な考え方を強めて、治療の対象ということになり、病気になってしまう。伊藤さんの証言では、映画『英国王のスピーチ』がテレビで字幕放送されるようになってから、「吃音症」という言い方が広まったのではないかと指摘しています。つまり、わりと結構最近なんですね。
佐藤隆治 『英国王のスピーチ』は言語聴覚士が出てくるからなぁ。「症」っていう表現になるよね。
いんこ 「どもり」という言葉は、僕、しらべてみたんですけど、すくなくとも、平安時代から存在しているんですね。その頃は「ことどもり」と言っていました。「ことどもり」が「どもり」に変化したのは、室町時代くらいのようです。漢字としては、すくなくとも飛鳥時代から存在しています。
佐藤隆治 「言葉どもり」?
いんこ おそらく、そういう意味かなと思います。ただ、面白いのは、漢字としては、吃という字だけではなくて、いろいろな字が使われていたんですね。平安時代の文献では、瘂という字がつかわれています。この字は、「ことどもり」だけではなく「おし(あうし)」とも呼んだんです。日本史上、「唖」という概念と「吃音」という概念は、かなり近接していた時期があるということが指摘されています。末森明夫さんという研究者の人が明らかにしているのですけれども。そう考えると、その時の「どもり」のイメージは、もしかしたら、難発に近いイメージだったのかもしれません。
ちなみに、「瘂」という字は、上代には別の意味で使われていたようです。「赤ん坊がオギャアオギャアとあえぐ声」それから「笑い声」、また「「あー」という声」など複数の意味で使われていたようです。つまり、「あー、あー」みたいな、不明瞭な発話声。聴覚障害の方が口で発話しようとするときに、聴者の人から見たら不明瞭な声として聞こえるような、あえぐような声。どもりという言葉もそれに近いイメージで使われていたのかもしれません。
いずれにしても、「どもり」という言葉は、ものすごく歴史がある言葉といえます。
逆に「吃音」という言葉は、20世紀にで出来たかなり新しい言葉です。調べてみたのですが、どうやら、これは、1903年に伊澤修二が楽石社で使いはじめた言葉のようなんですね。当時は「きつおん」とはよまず、「吃音」で「どもり」と読ませていたようです。それ以前には、いろいろな人が「どもり」という読みをあてた熟語を考案しています。「音閊」と書いて、「どもり」と読ませる文献なども明治時代には存在しています。
それから「どもる」を表す単漢字としては、「吃」や「瘂」以外にもたくさんありました。「吶」「訥」は比較的最近まで使われていた漢字です。今のように吃音を表す漢字が「吃」のみに一本化されたのは実はつい最近で、1950年代くらいまでは、「吃」だけではなく「訥」などの漢字で「どもり」と読ませる文献も多く存在しています。
Dさん たくさん漢字があったということは、それぞれに意味が違ったということでしょうか。さっきの「あ、あ、あー」みたいなイメージが「瘂」だとすると、もっと、口をパクパクさせて声が出ないような症状を表す漢字だとか、伸発とかに対応する漢字とかもあったのかなと思いました。
いんこ たしかに、その可能性はありますね。「どもり」を表す漢字表現は僕が調べただけで10くらいありましたから、もしかしたら、意味がそれぞれ違っていた可能性はありますね。
佐藤隆治 英語だと連発がStutterで難発がStammer?
いんこ アメリカだとStutterが一般的で、イギリスだとStammerが一般的ですよね。あと、Stutterは、連発のイメージと言いましたが、機械とかにも使うことがあって、「洗濯機がStutterしている」みたいな使われ方をするんです。Stammerにはこの用法は存在しないんです。Stammerの方が、わりとなんていうかな、表面的な言語症状というよりも「心理的な何かがあってどもる」というイメージなのかなと思います。「思慮深さ」だとか「ためらい」が背景に存在する。「口ごもる」みたいな意味を持っているのかもしれないなと思います。難発っぽい感じ、でも、心理的な何かがある感じ。
佐藤隆治 Stammerは心理的に鬱屈したような感じかな。
いんこ おそらくそういう違いがあるみたいですね。ドイツ語とかフランス語とかヨーロッパ語圏には、StutterとStammerに対応する「吃音」を表す言葉が、それぞれ2系統あるみたいです。
■当事者の「名乗り」の戦術について
Dさん ラベリングが当事者にもたらす影響という話だと、分裂病という名前から統合失調症に変えた途端に、患者の数が減った、というような話を聞いたことがあります。ということは、伊藤さんは「吃音」というよりも「どもり」「どもる」というラベルの方が当事者にとっていい言葉だと考えたということなのでしょうか。
いんこ 伊藤さんは「差別語ではない」と主張されていますが、でも、差別語的なニュアンスは、若干「どもり」という言葉にはのっかっていますよね。
佐藤隆治 「吃音」っていうと、なんか、きれいごとみたいにされるかんじがあるわな。
いんこ 漢字にすると抽象化される感じがありますよね。
Dさん 「どもる」って動詞ですもんね。でも、その動詞自体は差別語ではないように思う。
いんこ アメリカだとStuttererではなくPWS(Person who stutters)という言い方をしますよね。人を表す「どもり」ではなくて、「どもる人」という表現を使いましょうと、今はだいたいの専門書には書かれています。ちょっと回りくどい言い方ですよね。
佐藤隆治 「どもり」じゃなくて「どもる人」ね。
いんこ Stuttererをあえて使う人もいるかもしれませんけどね。
僕としては、世代的には、伊藤さんの世代ではおそらく「どもり」という表現が普通に使われていたと思うのですが、僕の世代では、あまり「どもり」という表現は使われてこなかったような感覚があります。だから「どもり」って使われると、ちょっと生活語から離れた、差別語っぽい感じがしますね。
さきほど、伊藤さんは、「どもり」という言葉は必ずしも差別語ではないとして、使うことを勧めた、と言いました。もう一つ、論点としてあるのは、「差別語であるがゆえに、当事者が名乗ることに意義がある」という考え方があります。これは、大阪吃音教室の坂本英樹さんが論考で書かれていることなのですが、当事者が「差別語を名乗る」ことで、主体化する。アイデンティティを再構築する、そういう名乗りの実践が存在する、と。たとえば、その典型が「われわれはエタであることを誇りに思う時が来た」という『水平社宣言』があります。伊藤さんの『吃音者宣言』は、この『水平社宣言』の系譜に存在する、と坂本さんは指摘しています。
ただ、これは一つの当事者のアイデンティティの戦略であって、いろいろな名乗りの戦略があるでしょうからみんながみんな「どもり」と積極的に名乗る必要は必ずしもないですよね。ただ、伊藤さんの宣言、名乗りにはそういうニュアンスもあったのではないか、と僕は思っています。つまり、実は差別語であることが大事なのだ、と。
佐藤隆治 「どもり」っていうのは、生々しい表現だよね。ガッツのある感じ。
Dさん 伊藤さん、佐藤さんは、大阪マインドで、ガッツがあると思うんです。でも、それは、今の子どもたちには、ちょっと、そんな風には前向きになれないのではないか、ということを感じることがあります。関西のマインドが強いな、関東人からすると、「ちょっとな」っていうのも、少し感じます。時代もあったと思うし、男だし、引っ張って行かないといけないみたいな強い責任感のもと、活動していたんじゃないかな、と、お二人については思っていまして。
初めて出会った、吃音を持つちゃんとした大人が、僕にとって佐藤隆治さんだったんですけど、「そこまで堂々とできない」みたいなことも自分は思ったりしました。世代的な違いもあるのかなと思うのですが、そのギャップは、子どもたちと接するときどうしようかなと思ったりします。
佐藤隆治 あんたのおやじさんもちがうの?
Dさん 自分の父も、吃音で、詩吟で乗り越えたんです。喋る仕事についたんですけど「絶対見返してやる」みたいな気持ちがあって。学生時代に、どもりですごいいじめられたみたいだから。この前はじめてその話をしたんです。『巨人の星』みたいな家だったんですけど、実家の会社をちょっとずつやるようになってから、父ともそういう話をするようになって。親父は、「俺のせいで子供がどもりになったんじゃないか」みたいなことを言っていて、実は気にしていたみたいだったんですが、そのことを聞いて、「ああ、そうだったんだ」と思いました。
Eさん 私の感じでは、長男で吃音になっている人が多いかなっていう印象があります。全部がそうじゃないでしょうけど、プレッシャーをかけられて育てられるとだめなのかな、みたいな思いが私にはありましたね。
いんこ 先ほど「大阪マインド」という話がありましたけど、当事者がいかにして前向きになるか、主体化するかということにおいて「名乗り」っていうのは結構重要な戦術だったりするんですね。たとえば、色盲とされる人が「色盲」ではなくて「色覚マイノリティ」と名乗る、みたいな。色についての見え方が多くの人たちは違うかもしれないけれど、それは、少数派であるということで欠陥ということではない。だから、「障害」という言い方をせずに「マイノリティ」という言い方をする、みたいな、否定的な表現に加担しない、そういうような名乗りの戦術も存在したりします。
Dさん 一種の前向きになるための術、ということですね。
いんこ 伊藤さんの場合、論理療法を取り入れたり、いろんな実践を取り入れたりしていますから「名乗り」だけではないですけれど、「どもり」「どもる」という「名乗り」そのものが、一つそういう術としてあったのではないか、と僕は解釈しています。
佐藤隆治 最近、「吃音症」と名乗っている場合はどういう戦術なのか。
Dさん 言い訳に使いたいんじゃないかな。
佐藤隆治 言い訳にはつかえるかもしれないけど、吃音症っていうことで、症状を治してくれる言語聴覚士様がいてそのお客様に成り下がっちゃってる、そういう構図を感じるな。
Dさん 僕は一種の防御法だと思うけど、「吃音症」と名乗ることで、その人が前に進めているのなら、僕はそれでいいと思います。だから、そう名乗る人に対して否定はできないです。できないけど、ただ、ぼくはすきじゃないです。
いんこ 「医学的に差異がある」とすることで「自分のせいではない」ということを相手に表すことになりますよね。「発達障害」というラベリングもそのように使われている側面があると思います。
別の話で言うと「コミュ障」というラベリングもありますよね。「俺、コミュ障だから」みたいな、ある種の自嘲的な、でも、言い訳のようなラベリングを名乗るという実践です。
Dさん 先回りして自分が傷つくのを防いでいる。
いんこ そうそう、そういう戦術ですよね。
Dさん 僕は、そういう名乗り方は、それをやっていると知らない内に、自傷してしまうようなところがある行為だと思っていて。というのは、僕はそれをずっとやってきて、無意識にずっと吃音を隠してきて、「どもらない自分が出来上がれば過去を消せる」というのをずっとやってきたんです。でも、身体を壊して、向き合った結果、そういうやり方は間違ってた。自分にはあってなかった、と気づきました。無意識のうちに本当の自分をみんな隠している。
いんこ ラベリングが当事者をしばってしまうということがありますよね。
障害とか病気だとか名乗ることは、自分を守るために機能する一方で、「自分にはこれはできない」というセルフイメージを固定してしまう、という可能性もありますよね。責任から免責される一方で、自分で自分の可能性を閉ざしてしまったり、自分で自分の身体を否定しまいかねないという意味で、自傷的ともいいえるような事態を作り出してしまう可能性もあると思います。特に、吃音の場合は、シーアンが指摘した「接近ー回避」の問題がありますよね。シーアンは、「本当は言いたいことがあるけれど、やっぱりやめる」ということそのものが、当事者に苦悩をもたらす可能性を、指摘しました。これは、一人の当事者として、とても、実感に即していると思います。いつも「攻めの姿勢」で生き続ける必要はなくて、回避したり逃げたりすることがあってもいいのだと思いますが、それを続けていると当事者として苦しくなるという事態も確かに存在していて、その場合、「逃げてもいい」「できなくても仕方がない」というセルフイメージの強化は、必ずしも、当事者を自由にしないように思います。
Dさん 最近の子どもたちは、失敗すること・傷つくことをすごく恐れているように見えます。そういうことも、関係してくるんじゃないかな。逆に田辺一鶴さんのような生き方は、今の子たちからすると、「強いな」と映ってしまうかもしれないです。
いんこ 今の時代に、田辺一鶴さんみたいな生き方をしている人ってなかなかいないですよね。
3-5 全体の感想について
最後に、今日の例会全体の感想を共有しました。
いんこ 「名乗り」についての話し合いがおもしろかったです。今回、どもりという言葉についていろいろな方向から話しあえたのがよかったな、と思いました。
Aさん 「吃音症という言葉には違和感がある」という話で、昔から続いている言葉をなくしてしまうのはどうか、という話が印象的でした。伊藤伸二さんのいる大阪吃音教室にも行ってみたいと思いました。
Gさん はじめて講談というのを聞いて、いんこさんの演技がすばらしくて圧巻で、ことばがないくらいでした。本物の講談師みたいでびっくりしました。かなり練習されたのでしょうか。それから、いんこさんが、講談をやってみたいと思ったきっかけはなんですか?もしできたら、いんこさんの講談を録音してじっくりときいてみたいです。
いんこ もともと、演じたりすると吃音が消えるようなところが僕にはあって、それもあって「吃音って何なんだろう」みたいなことを考えるためにぼくは演劇をやっていたところがあります。本当は、おもいっきりどもりながらやるのがいいと思うのですが、「わざとどもるのも、なんかちがうしなあ」みたいなところがあって、残念ながら、ぼくは、結果として、あまりどもらずに演じてしまうことが多いです。
講談をやってみたいと思ったきっかけは、今、言友会ではやられていないけれど、「昔の言友会活動ってどんなだったんだろう」というところから、はじめました。
佐藤隆治 吃又の講談というのは、はじめてだった。「どもり治っちゃった」っていうストーリーだったんだな、と思いました。講談で、堂々とどもりながら、お客さんの前でどもりを出す。どもりを否定する関白からの「このどもり野郎がぁ!!」というえげつない叱責も、お客さんの前で、昔、なんのお咎めもなく、講談師がやってたんだなっていうのが。セルフヘルプグループからの異議申し立てもなく堂々とやれていたその空気感というか、ここまでオープンに公の場でバーッと出してた時代というのは、意外とさっぱりしていて、悪くないのかな、とか思いましたね。どもりというのがタブーになっていなくて、どもりとはこういうものなんだ、これだけ大変なものなんだという、大勢に対しての、心理教育的な意味もあったのかなぁと。
いんこ 又平は、はっきりと差別されていますよね。関白から。今、こんな風に吃音を描かないですよね。
Dさん ちょっとまえに、水曜日のダウンタウンで吃音を持つ芸人さんを笑ったことが問題になったことがありましたよね。いんたけさん。あれにちょっと近いなと思いました。
Bさん さまざまな世代の人の吃音のつきあい方が聞けてよかったというのと、これからたまに来させてもらって勉強させてもらえたらなと思ってます。今日は、講談の話も含めて、初めて聞けた話だったので、勉強になりました。またいろいろ教えてもらいたいなと思います。
Iさん どもりということばは、江戸時代の人にも、室町時代の人にも、もしかしたら、通じていたかもしれないということで、そんなに、歴史のあることなんだなあと。どもりっていうことばにそんなに歴史があるっていうのが知らなかったです、そこに感動しましたし、すごい勉強になりました。ありがとうございました
いんこ 博士論文の中で歴史研究を詳しくやっているので出版されたらよかったら読んでください。
Dさん 吃音を持ったうえで活躍している人たち、ロールモデルがたくさんある中で、健全な生き方、向き合い方があると思うんだけど、自分の本心と、どこかすりあわないところがあって。そこを、本当はわかっているんですけど、そこに近づけていくためにはどうしたらいいかな、というのが自分の中で課題になっています。
僕らは30年生きてようやく受容という風に、受け入れられて、でも、かかわる子どもたちに対してはどうしよう。というのが、課題として、感じています。
Eさん 久しぶりに来て「あんまり変わってないな」と思いました。普段は、あんまり吃音に関して考えたことがないので。なんか、かたいじゃないですか、みなさん。まじめすぎちゃって、と、正直思いました。
Fさん ラベリングの話がありましたけど、もっと具体的な、職場とかで辛い時に実際問題どうやって過ごしていくのか、そういうのをもっと自分は考えたいな、というのがありました。
Hさん 講談を体験してみて、音程が二音あるっていうのは、はじめて知りました。ちょっととっつきにくいというか、そういうようにも感じました。いんこさんの講談、『吃又』ですか、それについては、すごくうまくてびっくりしました。「治っちゃう」っていうのはちょっとあれなんだけど、講談だからそういうのもいいのかな、と思いました。伊藤伸二さんが「どもり」ということばをのこしたいみたいな考えを聞いて、それはなるほどと思って、今日はいろいろな話が聞けて良かったです。
4.例会担当者・ファシリテーターとしての感想
今回は、「田辺一鶴さんの生き方についての感想」「気分が落ち込むときにどうしているか」「文化活動としての講談についての感想」「講談と吃音」「又平についての感想」「どもりという言葉を使うこと」「当事者の名乗りについての戦術」など、複数のテーマで話し合いが行われ、内容も盛り上がって、担当者としても楽しい例会でした。特に、「気分が落ち込むときにどうしているか」は、当事者研究会っぽい話し合いになったかなと思っています。いろいろなトピックについて話し合いましたが、全体として「前向きになる」というテーマが共通して存在していたようにも思いました。
当初は、「表現としての言葉を豊かにする」ということを考えていましたが、全体として「声について取り組む例会」というよりも、テーマトーク型の当事者研究っぽい感じの例会になったかなと思います。別の言葉で言うと、「吃音を持った自分をどのように位置づけ、どのように生きていくのか」という問題が話し合いの中心となったように思います。
最後にFさんから「具体的な困りごとについての対処法を考えたい」という要望が出されましたので、次回以降の三田例会では、参加者が現在直面している悩みや困りごとについてみんなでじっくり考えるような当事者研究の時間や、論理療法などについて学ぶ時間などを作っていくのもいいのかな、と思いました。
講談の『吃の又平』は、評判が良かったので、これから、僕の大事な持ちネタとして、吃音のイベントなどでまた上演してみたいなと思います。
未熟な点もまだまだありますが、リピーターの人も増えて、ファシリテーションも、4月の頃よりは少しだけ上達したようにも思います。詳細な記事の作成も含め、今年度は自分なりに本格的に三田例会の担当に挑んでいるので、今後も三田例会を通して、自助グループの運営やファシリテーションの力を鍛えていきたいです(次回は10月に担当します!)。
参加された皆さん、ありがとうございました。




















コメント